高松高等裁判所 昭和36年(ラ)96号 決定 1963年4月01日
抗告人 山田美子(仮名) 外一名
相手方 山田稔(仮名)
主文
原審判を取消す。
相手方の本件遺産分割の申立を棄却する。
原審及び当審における手続費用は全部相手方の負担とする。
理由
抗告人らは主文第一、二項同旨の裁判を求め、その抗告理由は別紙記載の通りである。
記録によれば、本件被相続人山田三郎(昭和二五年五月二八日死亡)の相続人は抗告人美子、同行子及び相手方稔の三名(以下各当事者はその名のみを記す。)であり、その相続分は各三分の一宛であること、相続財産の範囲は別紙物件目録記載の通りであり、その価格は約三五万円であること、右物件中、墳墓地については昭和三〇年六月二二日に、宅地及び畑については同年同月二八日にそれぞれ美子の単独所有名義の相続登記がなされ、家屋については同年同月二二日に同人単独所有名義の所有権保存登記がなされていること、右各登記は稔及び行子の親権者山田サワ名義のそれぞれ稔及び行子には特別受益による相続分が皆無であることの証明書によつて行われたことが認められる。
当審における美子、行子及び利害関係人山田サワ審尋の結果によると、右各登記がなされた頃行子の親権者であつた山田サワは、叔父小淵太郎とも相談の上、相続財産を全部美子の名義とすることに同意し、同人に前記証明書の作成を依頼し、かつそれに必要な印鑑証明書を交付したこと、行子及び山田サワは、現在においても相続財産全部が美子の単独所有となることについて異議はなく、ただ将来、美子から行子にして本件相続財産から適当な部分の贈与を受けたいとの希望を有しているものであることが認められる。
次に、稔作成名義の前記証明書について考えるに、美子は右証明書は稔の了解を得て作成したものであると言い、稔はこれを強く否定し、右証明書は美子が無断で作成したものであると言う。
ところで、記録及び当審における双方当事者並びに山田サワ各審尋の結果によると、稔は昭和一一年頃警察官となつたので被相続人と別居して暮すようになり、又、行子の父亡山田進も神戸市の方に住み、美子だけが被相続人と終始同居し、昭和六年に妻を失つた被相続人の生活の面倒を見て来たこと、美子は学校の教員として永年月勤務し、その給料で被相続人の生計を助け、また、被相続人の医療費、葬祭費等も殆ど全部美子において支弁していること、この間美子は本件相続財産中の宅地上に約一五坪の住宅一棟を建築し、現在これに居住していること、被相続人死亡後間もなく稔は警察官を退職して美子方に同居し、文房具等の販売をしたが、その仕事は不振であり、稔の右文房具等の販売及びその生活に対して美子は種々な援助をしたこと、ことに、稔が、金融業者である国友芙子から二十数万円の借金をし、その支払いを追求されて裁判所に調停を申立てられるや、美子は稔の連帯保証人として国友に対して昭和二八年から同三〇年頃までにかけて分割弁済によつて元利金三〇万円以上の金額の支払いをなし、この間、美子は国友から教員としての給料を差押えられるようなこともあつたのに、稔は何らの支払いもしていないこと、右国友に対する支払いにつき美子は稔の恩給受領の権限を委任され、これによつて稔に対する求償債権の弁済を受けてはいたが、それも昭和三七年一〇月に裁判上の和解によつてようやく満足を得たものであること、右国友との間の調停の席上で稔は遺産は全部美子にやるとの趣旨の発言をしていること等の事実を認めることができる。
このように、美子は教員として長年月勤務し、自己所有の家屋に居住し、その生活も経済的には一応安定していると認められ、かつ、本件遺産の総額が約三五万円程度のものであること等からして、美子としては稔名義の証明書を偽造してまで遺産を単独名義の登記するさしせまつた必要はないのではないかと考えられる。その反面、前記認定のような美子と稔との関係において、これに加えるに前記のように行子の側も美子の単独所有名義に登記することを同意していたような事情もあるのであるから、右登記のなされた昭和三〇年頃においては稔としては、美子から本件遺産をその単独名義に登記することについて同意を求められたならば、これを拒否し続けることはできず、これに同意を与えたものと見ることは自然であり、何ら不合理でない。結局のところ、前記証明書作成については、稔も同意したとの趣旨の美子の供述は信用できるものと考える。これに反し、「右証明書は稔が前記文房具等の販売をしていた頃、美子にその代金受領を委任し、領収証に使用させる目的で予め白紙に署名押印のみして同人に渡していたものを同人がほしいままに使用したものである。」との趣旨の供述は、むしろ不自然であり、信用できない。従つて、前記証明書は、美子の供述通り、稔の同意の下に作成されたと認めるのが相当である。
そうすると、右稔及び行子名義の各証明書が作成された昭和三〇年六月頃に、稔及び行子は、美子に対して本件遺産に対する共有持分権の放棄或は贈与をなし、遺産は全部美子の単独所有となつたものと認めるべきである。なお、右証明書記載の通りに稔、行子に対する生前贈与がなくても、右のように遺産を全部美子の所有名義にするとの当事者間の意思の合致があつた以上、そのような証明書を用いて美子の単独所有名義に登記することは、これを違法無効というべきでないと解する。従つて、もはや、稔に対して分割すべき相続財産は存せず、稔の本件遺産分割申立は理由のないものといわなければならない。
よつて、原審判全部を取消し、稔の本件申立を棄却し、手続費用は全部稔に負担させるのが相当であると認め、主文の通り決定する。
(裁判長裁判官 渡辺進 裁判官 水上東作 裁判官 石井玄)
別紙 物件目録<省略>
別紙
抗告理由
一、別紙物件目録記載の原審判に於て相続財産と認定された各不動産はいずれも被申立人山田稔及申立人山田行子(当時未成年)の親権者山田サワから特別受益による相統分皆無の証明書作成委任受けこれに基づき申立人山田美子の単独所有の相続登記を適法に完了したものである。
右の相続分皆無の証明書作成の委任行為は審判理由にも摘示してある通り実質的には分割協議の成立したことの意思を表明したものであり、而も実質的に被申立人山田稔及申立人山田行子から申立人山田美子に自分等の相続分を贈与する意思であつたことは審判書に摘示してその事実を認定している左の諸事実(特に(2)の事実)から見ても極めて明らかである。
(1) 山田美子は被相続人三郎に対し昭和一二年四月長男進のためにその結婚資金(数額は不明)を、又翌一三年三月頃には二五〇円を贈与したことから被相続人三郎はその孝養を多とし、昭和一四年七月二五日右美子に対し自己所有の土地家屋および水田の耕作権を代金五〇〇円とし、その売渡を約したこと(但しこれを原因とする所有権移転登記手続はなされていない)」
(2) 山田稔が昭和二七年六月より翌二八年三月までの間に申立外国友芙子から借受けた元利金計二六四、〇〇〇円の貸金債務につき相手方山田美子においてその連帯保証人となつて昭和三〇年七月末日までに立替え完済したことならびに申立人山田稔が事業に失敗した際負担した債務九一、七〇〇円につき代払したこと、さらに同相手方と同居中申立人山田稔の生活費その他につき面倒を見る等その利益のため種々尽力したことは認められる」
又山田サワ及国友芙子の供述等も何等の理由なく措信しがたいものとして排斥しているが、前記の事実が真実として認定されるならば寧ろ山田稔が相続分を放棄して山田美子に贈与することがもつとも合理的な結果として起り得ることが推認されるのが当然であり、後になつて相続財産に未練を生じ前言をひるがえし、相続分放棄の事業を否認する山田稔の主張のみを措信する原審判は事を徒に枉げるものといわざるを得ない。
又本件相続財産の全部の評価が約三五万円余であり、原審判の認定するところによりても抗告申立人山田美子が被申立人山田稔の債務の連帯保証人として国友芙子に債務の弁済をしたことが明らかであり、その求償債務の履行としてでも本件相続財産に対する被申立人稔の相続分を放棄して申立人美子に贈与することも当然のこととして考え得ることがあり、むしろ形式実質共に具つている本件不動産の登記を単に稔の主張のみを基礎として他のあらゆる合理的な証拠を無視して本件審判は為されていると言つても過言ではないのである。
山田サワも又一応山田美子の名義に全相続財産を為しておき、財産浪費者であつた稔の相続財産に対する支配を排除しておき、その上で任意に美子より適当に財産の配分を受けるつもりの配慮の上に立つて自由なる意思の下に前記相続分放棄の行為に出たのであつて終始この旨サワは裁判所に対して陳述しているに拘らず(又別紙添付山田行子の上申書によるも現在の行子の意思は明らかである)
原審判はこの点についても充分な審理を為し具体的に審判理由を明らかにしてないのである。
以上の理由により本件不動産の申立による単独相続登記が無効であるとの認定の上に立つた原審判は取消さるべきものであり被申立人の遺産分割請求は却下されるべきものであると思料するのである。
参考
原審判(高松家裁 昭三四(家)五四四号 昭三六・一一・二八審判 認容)
申立人 山田稔(仮名)
相手方 山田美子(仮名)
参加人 山田行子(仮名)
主文
被相続人山田三郎の遺産たる別紙物件目録記載の不動産を左のとおり分割取得する。
一、香川県木田郡○○町大字○○○字○○○○○○番地の二宅地一二四坪五勺を申立人山田稔相手方山田美子参加人山田行子の持分各1/3の共有とする。
二 、(1) 同番地の二家屋番号同大字第○○○番、木造草葺平家建居宅建坪一九坪二合を申立人山田稔の所有とする。
(2) 同番地の二家屋番号同大字同番木造瓦葺平家建居宅建坪五坪を申立人山田稔の所有とする。
(3) 同番地家屋番号同大字同番木造瓦葺平家建居宅建坪一二坪二合を参加人山田行子の所有とする。
三、同番地の一畑二反三畝七歩を申立人山田稔、相手人山田美子、参加人山田行子の持分各1/3の共有とする。
四、同番地の三畑二畝二六歩を相手方山田美子、参加人山田行子の持分各1/2の共有とする。
五、同番地の五畑一六歩を参加人山田行子の所有とする。
六、同番地の四墳墓地一五歩を申立人山田稔の所有とする。
七、本件申立人山田稔、相手方山田美子、参加人山田行子は当該遺産分割による所有権取得の登記申請手続をなすべきこと。
八、調停ならびに審判費用はすべて各当事者の負担とする。
理由
申立人は別紙目録記載の被相続人山田三郎の遺産を申立人の相続分に応じ分割されたい旨申立て、その理由とするところは被相続人三郎は昭和二五年五月二八日死亡し申立人、相手方および参加人三名は被相続人の直系卑属として、その遺産を相続し、(参加人は代襲相続人)たが、相手方は申立人が何ら生前贈与も受けず相続の放棄もしていないのに、たまたま申立人の印影のある白紙委任状が相手方の手裡にあるを奇貨とし、ほしいままに申立人名義の相続分放棄書を偽造行使し、相手方本人の単独相続の登記を完了した。しかしこのような登記によつて申立人の相続分が相手方に移転するいわれはないから、ここに申立人に対し遺産の1/3を分割所有できる旨の調停を求めるというのである。
当裁判所は職権で本件相続人である山田行子を利害関係人として調停手続に参加させた。
よつて考えてみる。本件記録中の戸籍謄本三通、登記簿謄本六通、家庭裁判所調査官小杉豊作成の調査報告書、申立人、相手方、参加人審問の結果その他本件にあらわれたすべての資料を綜合すれば次の事実を認定することができる。
第一、相続人の確定
(1) 申立人山田稔被相続人の長男明治四三年生
もと司法警察官であつたが、現在は高松市○○町において金融業を営み月収五〇、〇〇〇円ないし一〇〇、〇〇〇円を挙げている。家族は妻の外四男子二女子がある。
(2) 相手方山田美子被相続人の長女大正三年生
木田郡○○町○○小学校教論、独身、月俸三七、〇〇〇円支給されている。本件遺産の土地の上に家屋を新築所有してこれに住所を定めている。
(3) 参加人山田行子昭和一三年生被相続人山田三郎の孫
被相続人の二男進の長女であるが進は被相続人に先立ち昭和一九年三月一七日戦死したため代襲相続人である。現在高松国税局臨時雇日給二七〇円を得ている。独身であつて母山田サワと共に本件遺産の土地上にある家屋に居住している。
第二、相続財産の範囲
前示各資料によれば本件相続財産は別紙物件目録記載の不動産である。
尤も登記簿の記載によれば本件土地のうち墳墓地を除くものは昭和三〇年六月二八日附、墳墓地は同年同月二二日附で相手方山田美子の単独所有とする旨の相続登記(但し家屋については同年六月二二日附で保存登記)がなされている。この点に関し相手方山田美子は特別受益による相続分皆無の証明書作成の委任を受け、これに基き書類を司法書士の手によつて完成させ、これを登記所に提出して自己単独所有の相続登記を完了したものであると主張するに対し、申立人山田稔はこのような特別受益を被相続人から受けたことはない。又いかなる理田にせよ相続分皆無の証明書作成を相手方山田美子に委任したことはないと抗争する。
よつてまずこの点につき判断を加える。元来共同相続人のある場合登記所は分割協議書によるのでなければ単独名義の相続登記をなしえないのであるから、司法書士のなす右の証明行為は分割協議書を文書にする行為と考えられ、従つて法定相続分を規定する民法第九〇〇条はこれと異なる割合をもつてなす分割協議でもこれを容認するから登記所との関係においては、その証明行為をもつて脱法行為とはいえない。しかしながらこのような方法による場合でも相続人相互間においては自己の相続分を他の相続人に贈与するとの契約関係の成立することを要するものと解せられる。記録によると相手方山田美子は被相続人三郎に対し昭和一二年四月頃長男進のためにその結婚資金(数額は不明)を、又翌一三年三月頃には二五〇円を贈与したことから被相続人三郎はその孝養を多とし、昭和一四年七月二五日右美子に対し自己所有の土地家屋および水田の耕作権を代金五〇〇円とし、その売渡を約したこと(但しこれを原因とする所有権移転登記手続はなされていない)申立人山田稔が昭和二七年六月より翌二八年三月までの間に申立外国友芙子から借受けた元利金計二六四、〇〇〇円の貸金債務につき相手方山田美子においてその連帯保証人となつて昭和三〇年七月末日までに立替え完済したことならびに申立人山田稔が事業に失敗した際負担した債務九一、七〇〇円につき代払したこと、さらに同相手方と同居中申立人山田稔の生活費その他につき面倒を見る等その利益のため種々尽力したことは認められる。しかしながら本件に現われたすべての資料によるも申立人山田稔が相手方山田美子に対し被相続人から特別の利益を受けたとして自己の相続分を事実上放棄し、これを相手当方山田美子に対し贈与したというような事実(この点に関する国友芙子の平井簡易裁判所における昭和二八年一一月四日の調停期日における申立人の陳述部分の証明書は措信しがたい)ならびにこのような証明書の作成方を相手方山田美子に委任した事実はいずれもこれを認めがたく、他に右認定を覆し、相手方山田美子の主張するように申立人稔の相続分を皆無とすることの合意の成立を肯定するに足りる反証はない。
次に参加人山田行子(当時未成年者)の親権者山田サワもまた前同様右行子のため被相続人より特別の利益を受けたため、同人の相続分を事実上放棄し、これを相手方山田美子に対し贈与したという事実ならびに相手方山田美子の主張する証明書の作成方を右相手方に委任した事実はいずれもこれを認められないし他に右認定を覆し、相手方山田美子の主張するように参加人山田行子の相続分を皆無とすることの合意の成立を認めるに足る反証はない。
されば右二通の証明書によつて申立人山田稔、参加人山田行子がいずれも相続分皆無として相手方山田美子において本件相続財産につきなした単独所有次取得の相続登記および保存登記はすべて違法であつて無効というの外はない。
よつて当裁判所は本件遺産につき申立人山田稔、相手方山田美子、参加人山田行子の三者間において各法定相分に従い当然分割を命ずるべきものと判断する。
(なお相手方山田美子は申立人山田稔に対し前記立替金等の返還請求権を主張しているが、これは本件分割事件とは別個に処理さるべきものであるから斟酌しないこととした。)
第三、相続人の相続分
申立人山田稔、相手方山田美子、参加人山田行子(被相続人三郎の二男亡進の長女で代襲相続人)の法定相続分は各1/3であることが認められる。
第四、遺産分割の方法
鑑定人深谷義信の鑑定の結果により本件遺産中建物の総価格は金一七、六七〇円で土地の総価格は金三三二、一〇七円に相当するものであることが認められる。
本件遺産分割の調停、審判の過程において知りえた事項中その分割の方法につき特にしんしやくすべき重なものは次の諸点である。
一、本件遺産のうち○○○○番地の二宅地一二四坪五勺上には申立人の占有する木造草葺平家建一九坪二合および平家建五坪の建物の外、参加人山田行子がその母申立外山田サワとともに住居している木造瓦葺平家建一二坪二合(もと蚕室および相手方山田美子が自ら建築所有して居住する約一五坪の家屋が併存している事実
二、本件遺産の一部たる○○○○番地の一、二反三畝七歩の一部および同番地の三畑二畝二六歩の畑はいずれもこれを参加人山田行子の母である申立外山田サワが耕作しておるが、とくに前者は荒廃している事実
三、本件遺産に含まれる○○○○番地の四墳墓地一五坪内には他人の墓石も存在していて共同墓地になつている事実
四、参加人山田行子は前記高松国税局より支給せられる給料の外は母山田サワの勤労により本件遺産中の前記畑二反三畝七歩の一部および○○○○番地の五畑一六歩等の畑よりあげた収益および亡父山田進の戦病死による遺族扶助料年額五三、〇〇〇円により漸くその生活が支えられている事実
五、申立人山田稔と相手方山田美子との間における年来の前示貸借上の紛争と感情的な摩擦は容易に氷解しないからこの際一挙に遺産分割を強行することは両者の対立を一層深化せしめ、さらには参加人山田行子母子の平和な家庭生活の維持に良くない影響を及ぼすおそれがある事実
これらの外に本件遺産の種類、性質、各相続人の職業、収入その他一切の事情を参酌すれば本件遺産のうち一部はこれを共有、他はそれぞれ各相続人の単独所有と定め申立人山田稔、相手方山田美子、参加人山田行子と間に主文一ないし五項記載のように分割取得させることが相当であると判断する。
よつて本件調停および審判手続費用の負担につき家事審判法第七条非訟事件手続法第二六条を適用し主文のとおり審判する。
別紙物件目録<省略>